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東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1229号 判決 1973年1月29日

控訴人 笠井建設工業株式会社

右訴訟代理人弁護士 大野重信

同 各務邦彦

同 西村健三

被控訴人 株式会社徳陽相互銀行

右訴訟代理人弁護士 吉安茂雄

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は、控訴人に対し、金二九万円及びこれに対する昭和四四年一二月一三日以降右完済に至るまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠の関係は、次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一(但し、原判決五枚目裏五行目の「甲第一号証」の次に「(甲第二号証は、欠番)」と加える。)であるから、ここにこれを引用する。

(一)控訴代理人は、次のとおり述べた。

被控訴人のなした本件相殺は、次のような事情からしても、公序良俗・信義則に違反し、権利の濫用である。

(1)本件相殺は、被控訴人の相互銀行としての社会的信用性、公共性(相互銀行法第一条)に背馳し、訴外株式会社公明産業の執行の不正免脱にあえて協力したものである。

(2)訴外株式会社公明産業と株式会社山瀬興産は、いずれも広瀬夫妻の経営する個人会社で、経済的には全く同一のものであるところ、被控訴人は、右両者のそれぞれに対して、多額の貸付をし、十分な物的人的担保を確保していながら、あえて本件相殺に及んだものである。

(二)被控訴代理人は、次のとおり述べた。

控訴人の右(一)の主張を否認する。

(1)被控訴人は、訴外株式会社公明産業に対する融資金残債権回収の方法として本件相殺権を行使したにすぎず、何ら右訴外会社の執行の不正免脱に協力したものではない。

(2)仮に訴外株式会社公明産業や株式会社山瀬興産が個人会社であり、経済的には同一であったとしても、これと法的担保とを混同することは許されない。

(三)証拠<省略>。

理由

当裁判所も、控訴人の本訴請求は、失当として、これを棄却すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正ないし付加するほか、原判決の理由説示

(原判決七枚目表二行目から同九枚目表三行目まで)と同一であるから、ここにこれを引用する。

(一)原判決七枚目表五行目の「証人田中」の前に「原審における」と、同表六行目の「乙第五号証」の次に「及び原審における証人田中の証言」と、それぞれ加える。

(二)原判決七枚目裏一行目の「証人田中」の前に「原審における」と、同裏二行目の「乙第一及び第三号証」の次に「並びに原審における証人田中の証言」と、同裏四行目の「証人田中」の前に「原審における」と、それぞれ、加える。

(三)原判決七枚目裏一〇行目から同八枚目裏九行目までを削り、そのあとに次のとおり加える。

「一、控訴人は、被控訴人のなした本件相殺の意思表示は被控訴人と訴外株式会社光明産業との間で控訴人の権利行使を妨害する目的で通謀してなされた仮装の行為である、と主張する(再抗弁第一項)。

しかし、右訴外会社が、被控訴人に対する前叙金一、〇〇〇万円の貸金債務中昭和四四年一一月六日までに合計金七〇〇万円を、又、昭和四五年二月二日に金二七一万円を、それぞれ、被控訴人に対して内入弁済したことは、被控訴人においてもこれを認めるところであるが、被控訴人のなした本件相殺の意思表示が、控訴人の主張するような、控訴人の権利行使を妨害する目的で、被控訴人と訴外会社との通謀により、特に右貸金債務中本件預託金相当額の金二九万円だけを残存させたうえでなされた仮装の行為である、とする点については、本件口頭弁論にあらわれた全資料をもってしても、これを認めるに足る的確な証拠がないので、控訴人の右主張は採用するに由ない。

二、又、控訴人は、被控訴人のなした本件相殺の意思表示は公序良俗・信義則に反し、権利の濫用である、と主張する(再抗弁第二項)。

(一)しかし、いわゆる不渡異議申立預託金なるものは、不渡手形の債務者が、銀行取引停止処分を免れる目的で、支払銀行に不渡異議申立手続を依頼し、支払銀行の手形交換所に提供すべき異議申立提供金の保証金ないし見返資金とする趣旨で提供金に相当する金員を支払銀行に預託したものであり、右提供金が必要とされる所以は、手形債務者に支払能力のあることを明らかにし、かつ、異議申立の濫用を防止するにあるのであるから、必ずしも控訴人の主張するような特定の手形金の支払引当金たる性質を有するものではない、と解するのを相当とする(最高裁昭和四五年(オ)第一二五号昭和四五年一〇月二三日第二小法廷判決の趣旨参照)。従って、手形債権者は当然に右預託金を取得し得る地位を有するものではないのであって、支払銀行において自己の反対債権をもって右預託金の返還請求権と相殺したからといって、それが直ちに控訴人の主張するような公序良俗・信義則に違反し、権利の濫用となるものではない。

(二)次に、被控訴人は、訴外会社に対して、昭和四三年二月一七日から同年九月三〇日までに合計金一億三、五〇〇万円の貸付をしたものであるところ、訴外会社から合計金一億三、四七一万円の内入弁済を受けたので、その残額は金二九万円で総貸付金額の約五〇〇分の一であること、被控訴人は訴外広瀬久子所有の土地建物について根抵当権設定登記を経由していることは、いずれも、被控訴人の認めるところであるが、原審及び当審における証人田中健の証言によれば、被控訴人が前叙金二七一万円の内入弁済を受けた昭和四五年二月当時においては、すでに訴外会社自身には資力がなく、被控訴人としてはもとより残債権全額の弁済を要求したのであるが、訴外会社において内金二九万円については本件預託金をもって充当されたい旨申出をし、その支払に応じないため、訴外会社の連帯保証人たる訴外広瀬久子の協力によって漸く右金二七一万円の内入弁済を得ることができたことが認められるのであって、本件貸金残債権金二九万円について、仮に、本件預託金による回収以外の方法によって右残債権の満足を受け得たとしても、その理由だけで、被控訴人において本件相殺をなし得ないものとなすべきいわれはない。

(三)又、控訴人は、被控訴人のなした本件相殺は相互銀行法第一条に背馳し、訴外会社の執行不正免脱にあえて協力したものである、と主張するが、当審において新たに追加された証拠をも含めて本件口頭弁論にあらわれた全資料をもってしても、これを認めるに足らないから、控訴人の右主張も採用することができない。なお、仮に、訴外会社と株式会社山瀬興産とが経済的に全く同一のものであったとしても、法律的には別個の会社である以上、訴外会社の債務について当然株式会社山瀬興産に対して請求し、又はその担保責任を問い得るものでもないから、この点に関する控訴人の主張も理由がない。

以上の次第で、被控訴人の本件相殺をもって公序良俗・信義則に反し、権利の濫用であるとなす、控訴人の主張は、理由がないものといわなければならない。」

よって、右と同旨の原判決は相当で、控訴人の本件控訴は理由がないから、民事訴訟法第三八四条第一項第九五条第八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 石田哲一 裁判官 小森定人 関口文吉)

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